Denmark, A Cultural Powerhouse #5
どんな大人になるか、なりたいか、なんて見当もつかなかった成人式のあの日。もしも”人生のための学校”があったら? デンマーク独特の成人教育にクローズアップ。
Lifelong Learning
新しい時代の生き方
「森の幼稚園」や「0年生」など、聞き慣れないネーミングが興味を惹くデンマークの教育制度。「世界で最も幸せな国」において、国民を形づくる土台に教育が欠かせないことを知った前回に続けて、日本社会のそれとは異なるカルチャーを持つ教育事情をさらに深堀りします。
人生100年時代に求められる生きがいや心の豊かさ、そしてより豊かな人生を送ることへの関心と相まって、生涯学習時代の到来ともいわれる昨今。デンマーク発祥の成人教育「フォルケホイスコーレ」から、学び直しのコンセプトと生涯学習の可能性を見出せるかもしれません。
Photo: Rasmus Hjortshøj – COAST / Roskilde Festival Folk High School
Photo: danishfolkhighschools.com / Den Skandinaviske Designhøjskole
Folk High School
人生の学校「フォルケホイスコーレ」
学位やスキルを得るのではなく、より良く生きるために自分や社会と向き合う時間を持つことができる全寮制スクール「フォルケホイスコーレ」(通称:フォルケ)。
17歳半以上なら誰でも入学できて成績や単位などはなく、他人に評価されない環境で3か月〜1年ほどの期間、学生や先生と寝食を共にしながら学ぶ場です。学校ごとに特徴的なコースや科目があり、政治学に環境、アート、スポーツ、社会福祉など分野はさまざま。私立でありながら政府が学費の約7割を助成しており、まさに国をあげてサポートしている教育機関といえます。
Photo: danishfolkhighschools.com / Suhrs Højskole
Give an extra space
余白の価値
実際にどのような理由で通うのか私たちにはなかなかイメージしづらい存在ですが、デンマーク人にはとても身近な「人生の学校」。
デンマークでは大学も職業訓練校も専門学校もすべて同じ価値のあるものと位置づけられており、どの進学先が教育の頂点かという考え方はありません。高校卒業後は海外留学をしたり、社会に出て働きながら自分の進路を決めるのが一般的ということからも窺えるように、色々な進路の形があるのはごく自然なこと。そしてフォルケもその選択肢のうちの一つです。
進学前に将来何がしたいか分からない人や、大学を退学して本当に好きなものが何かを考えたい人、社会人になってから改めて自分を見つめ直したい人など様々な人が集まりますが、彼らがフォルケに行くのは共通して、人生の自由時間、余白を過ごすため。
常にファストペースを求められる現代に、大学教育まで無償で、さらに自分の興味を探求する場所と余裕を提供する教育観はある意味、時代の最先端と言っていいかも。
Photo: danishfolkhighschools.com / Brandbjerg Højskole
そして「教わる」よりも「探しにいく」フォルケでは授業への出席も自由で、自分が参加したいか、他に優先したいことがあるか、と全て自分の責任でオープンな選択ができます。先生たちもあくまで、その場がうまく回るようにサポートするファシリテーター役。森の幼稚園と同じようにトップダウン型の指導はなく、自立した学びを推奨するところにデンマークらしい教育のあり方が表れています。
評価や批判を気にせず素直な意見を言い合える環境で、他者の言葉に耳を傾けながら互いを受け入れ合っていくことで、ただの情報ではなく生きた”知識”として学ぶ。そのように対話によって作られていく授業を通して、人と考えを語り合う意義や楽しさを知る学生たちの姿は、年越し演説のトピックについて議論を楽しむデンマーク人と重なります。
Photo: danishfolkhighschools.com / Askov Højskole
No records are important
競争よりも共走
高納税社会の賜物としてデンマークでは学歴が給与にさほど関係せず、勤めている企業や職種による格差がありません。実はデンマークでの大学進学率は3割程度と、大学に行かない人の方がマジョリティ。どのような進路も素晴らしいという価値観に加え、フォルケが浸透する背景には「勉強ができるのはただの個性の一つ」という考え方があるのです。
経歴がステータスとはならず、得意なことや向いていることを伸ばすことに注力するため、デンマークには進学塾がないのも納得。
周りからどう見られるかや社会が求めている姿ではなく、「自分自身になる」ことが彼らの最大の関心事です。忖度したりメインストリームを追うことはせず、常に自分が幸せかどうかというスタンダードで物事を進める責任感、そして多様な他者と共に生きる社会を形づくるモチベーションという、自己と他者の両軸を上手に理解している彼ら。
世界が認める高い国際競争力のカギは、アイロニックだけれどシンプルに、”はじめから競わない”、そんなスタンスにこそ見られます。
Photo: danishfolkhighschools.com / Suhrs Højskole
Become true self
ブレイクスルーはいつでも
学校は答えを教えてくれるところではなく、自分にとっての正解を見つける場所。そのようなデンマークにおける教育の意義は、いうなれば”敗者”のいない社会構築。
彼らのエッセンスをどのように取り入れるかすらも自由であり個性の領域だけれど、まとわりつく閉塞感やプレッシャーを感じたときはフォルケホイスコーレを思い出して。
人生には多くの選択肢があり何度でもやり直しがきくこと、そして余白を持つことは決してネガティブなものではないことに気がつくと、新たな自分への突破口、ブレイクスルーがあるかもしれません。
Photo: Ossip van Duivenbode / Roskilde Festival Folk High School
Text: Sara Um