Denmark, A Cultural Powerhouse #9
デンマーク人の幸福感を育む、デザインの美学。自らを世界で最も幸せな国民と評価する彼らが考える”デザイン”とは。
A HEARTBEAT OF DENMARK
デザインが息づく国
「北欧デザイン」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、シンプルで温かみのあるプロダクトや、自然をモチーフにしたテキスタイル。「デザイン大国」の一面を持つデンマークでは、単なる視覚的なエレメントにとどまらず、デザインが人々の暮らしやライフスタイルに深く関わり、まるで社会の中心で鼓動する心臓のように機能しています。
PUBLIC DESIGN
パブリック・デザイン
図書館や駅などのパブリックスペースから公共交通やインフラ設備、街中に設置されているベンチや標識を含むストリートファニチャーまで、誰もが出入りできるよう開放された空間を設計する公共デザイン。デンマークの街々を見渡せば、彼らのデザイン哲学を感じ取ることができます。
自転車に優しい街づくりを進めたことでも有名なコペンハーゲン出身の建築家ヤン・ゲールの「街の主役は人であり、誰もが触れる公共の場所にこそ人のための空間を作ろう」という意志は”人間のための街づくり”という考え方としてデンマークに浸透しています。コペンハーゲンの街には至るところにちょっとした広場や座れる場所がありますが、ユーザー視点で設計されているからこそ自然と人が集まってしまうのも納得。
古い工業港を住民たちのオアシスに変えてしまったハーバー・バスや、ごみの焼却場をコミュニティスペースにしてしまったコペンヒルなどを筆頭に、社会課題を公共空間のデザインで解決することは、人を中心とする考え方が根付くデンマークではとても自然なことです。
60か国もの異なる文化が交差し、統一感や治安面で課題のあった多国籍エリアに作られたSuperkilen(スーパーキーレン)は、その並外れた外観と同じく、コンセプトも革新的。誰もが歓迎されるインクルーシブな公園を目指し「母国から何を持ってきたいか?」という問いかけに寄せられた声をもとに、園内にはモロッコの噴水やタイのボクシングリングといった100以上ものオブジェクトを設置し、孤立ではなく融合を目指す街のメッセージを象徴するアイコンとなっています。
SPATIAL DESIGN
空間デザイン
デンマークのデザイン思考は、政府が進めた公共施設のデザインに限らず、個々の暮らしが色濃く反映されるパーソナルな空間にも見ることができます。
デンマーク人のライフスタイルが集約されているヒュッゲのコンセプトは、居心地の良さや穏やかな時間、家族や友人とのつながりといった、内から満たされる感覚のこと。長く厳しい冬を過ごすデンマークの人々にとって、家の中の空間づくりとインテリアデザインは欠かせません。加えて北欧では自宅に人を招くことが最高のおもてなしとされており、お祝いごとやサプライズもホームパーティーが一般的なことから、必然と空間への意識も高まります。
世界中で愛されるデンマークプロダクトの一つに家具がありますが、20世紀を代表するデンマークの家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーが「椅子は人間に最も近い存在」と語ったように、彼らにとって椅子はとても大切な存在です。初任給で椅子を購入する人が多いとも言われるほどで、家族で代々、手入れをしながら使い続けることもあるそう。
そしてデンマークではダイニングテーブルを異なるスタイルの椅子で囲むことも珍しくない光景とされています。色々な種類の椅子を揃える理由は、人の体格や癖がそれぞれ違うように、身長やその日の気分、コンディションによって座りやすい椅子も違うから。
プロダクトのシンプルさと機能性を追求した造形はもちろん、パブリックデザインにも共通するこの”ユーザー視点”こそ彼らのデザイン美学です。
WHAT DESIGN CREATES
デザインが作るもの
人を中心とした心地よさを大切にする、このようなデンマークデザインのあり方は、人間関係の豊かさや心の満足感を育み、幸福度の高い国民として知られるようになった理由の一つかもしれません。デンマークにおいてデザインとは表層の姿形だけでなく、文化や価値観を映すライフスタイル、ひいては社会そのものを形作る働きなのです。
Text: Sara Um